エアロンカ L-3グラスホッパー観測機
1940年にアメリカ陸軍は複座観測機の競争審査を行い、スチンスン社の機体を O-49(後にL-1へ改称)の名で採用した。折しも欧州では第二次大戦が始まっており、観測機や連絡機といった機体の重要性が高まってきていたため、1941年に民間向け軽飛行機メーカーとして定評のあるエアロンカ、パイパー、テイラークラフトの3社から4機ずつの機体を購入して評価を行い、その年の終わりには多数の機体が制式発注されるに至ったのである。
第二次大戦や太平洋戦争では幾多の戦場で着弾観測や前線偵察、拠点間の連絡、傷病兵の輸送など幅広い任務に従事しており、陸軍が調達した機体だけでは数が足りなかったため、民間が保有していた多数の機体も陸軍に徴発・使用されている。
ちなみに良好な操縦性からグライダー操縦士の訓練用としても適任であるとして、無動力型も製作され、輸送・侵攻用グライダーの操縦士養成に一役かっている。
軍用型の生産は最終モデルであるL-3Cを最後に1944年で終了しているが、発動機を強化した機体(モデル7チャンピオン。初飛行は44年中盤)がL-16の名で戦後アメリカ陸軍航空軍(後の空軍)に採用されており、朝鮮戦争やベトナム戦争などで使用されている。
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